タカサキきんこんかん

タカサキのキンコンカンの日々

71歳になりました!

 4月30日、なんと71歳になりました。じいさんですね。じいさんですが、毎朝マンションの階段を10階まで駆け上っています。駆け上がる前にスクワット50回、もも上げ50回、腹筋50回、腕立て伏せ50回、腹筋ローラー30回をやった後、階段を駆け上がるので、結構大変です。

     今日のタイムは1分35秒でした。10階まで180段を一気に駆け上がります。今までの最高記録は1分29秒でした。歩いて登るのと10秒くらい違います。

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 昔、冬の富士山のカチンカチンに凍った氷壁で滑落事故を起こし、両足首の関節が飛び出すほどのひどい骨折をし、両足首が動きません。ですので、階段を上るのはいいのですが、下りがとても怖いです。足首の動かないスキー靴を履いて階段を下る時を想像すればわかると思います。で、下るときはいつも手すりをしっかり握って下りていたのですが、コロナウィルスの感染が怖いので手すりを使わずに下りる工夫をしました。壁で体を支えながら下りていたのですが、壁を触るのもなぁ、と思い、全くどこにも触らないで体のバランスだけで下りる練習をしました。ゆっくりですが、今はどこにも触らずになんとか下りています。ただやっぱりよたよたと不安定な姿勢で下りるので、10階あたりは下を見ると怖いです。
    

 この道具を使うと、全力疾走したみたいに体がカッと熱くなり、テンションが上がります。その勢いで階段を10階まで駆け上ります。

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 71歳は何もしなければ体力がどんどん落ちていくので、天気のいい日はサイクリング車で通勤しています。時間にして20分くらいで距離的にはたいしたことないのですが、アップダウンが激しく、いい運動になります。

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 71歳の記念イベントで、この自転車に乗って北海道の稚内から網走までオホーツク海の海岸沿いを走りたいなと思っています。稚内までは折りたたんで輪行バッグに入れて運びます。走る距離は約300キロくらいで、三日くらいかかります。途中はキャンプのつもりですが、テント、コンロ、鍋、シュラフなど、それなりの野営道具が結構重いので、どうしようかと思っています。

 どこかの宿泊施設より、テントの中で一人ローソク見つめながらぼんやりする方がいいなと思っています。でも、まぁ、年を考えれば夜は風呂に入ってゆっくり休む方がいいことはいいのですが…

 

 テキトー晩ご飯を毎日作っています。冷蔵庫にある材料で何を作るか、スーパーで目についた材料で何を作るか考えるのが楽しいです。いつも行き当たりばったりでテキトー極まりないのですが、料理している間は集中できて、すごく楽しいですね。テキトーな割には結構うまいです。昨日作った牛肉とゴボウの煮物は最近の中では一番のヒット作でしたね。牛肉は生活クラブの配達品、ゴボウは以前買ったものが冷蔵庫の奥にあるのを発見!

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 高齢の上、ぜんそくの持病があるので、コロナウィルスに感染するのがとても怖いです。毎日新聞に鼻にいるウィルスは喉の1万倍もいて、「鼻うがい」がいいという記事がありました。

mainichi.jp

 で、早速アマゾンで「テルモシリジン」(3本で400円)を買い、毎日鼻うがいをやっています。最初、ちょっと痛いですが、すぐに慣れます。何よりも鼻が爽快になります。

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 71年の人生を振り返ると、ぷかぷかをはじめた60歳からの人生が、やはりおもしろかったですね。もちろん、それ以前の学校での人生もおもしろかったのですが、社会全体を相手にするぷかぷかの仕事は、緊張感も充実感も教員時代とは比較にならないくらいです。

 ここ2,3年で事業を引き継げる体制も整い、いつ私がいなくなっても大丈夫かなと思っています。

 この5月から新しい生活支援の事業所「でんばた」がスタートします。これも若いスタッフが事業の準備から申請手続きまですべてやってくれ、私は時々進捗状況を聞くだけでした。安心してみていられます。

 畑や田んぼをやるので、時々手伝いに行く予定です。陶芸もやる予定です。重度障害の人たちの作品は、今までにないおもしろいものができるのではないかと楽しみにしています。

 

 これからはもう少しのんびりした人生をやっていきたいと思いつつ、毎日階段を駆け上ったりしているので、およそのんびりとはほど遠いのですが、そういう矛盾を抱え込みながらも、のんびり、楽しくやっていきたいと思っています。

 もうここまで生きたらつまらないことはやめて、おもしろいことだけやる、そんな人生にしようと思っています。よろしくお願いします。

 

 

 

それでも我が娘

 今日の朝日歌壇

 

   障害を持つ娘との日々疲れ果て我が身も病んで

   それでも我が娘

 

 最後のひとこと、きっぱりと言い切るその思い、心にしみました。

 うちと全く一緒。日々、罵声をぶつけられ、ものが飛び、ものが壊れる。

 もう限界、と思いつつ、それでも踏みとどまることができるのは

 「それでも我が娘」という思い。

 

 たまたま同じ朝刊に石牟礼道子さんの歌集『空と海のあいだに』の紹介がありました。石牟礼道子さんのおばあさんは精神を病んでいたそうです。雪の降る夜、決まって家を飛び出し、探しに行くのは幼い石牟礼さんの役目だったそうです。雪道の先に見つけたおばあさんを抱きとめ、魂が入れ替わると思えるほど心を通わせた体験を歌に詠んでいます。

 

   雪の辻ふけてぼうぼうともりくる老婆とわれといれかはるなり

 

 後に書かれる『苦海浄土』は、聞き書きではなく、言葉さえ奪われた水俣病患者の苦しみを我がことのように苦しみ、その魂を身に宿らせるように書かれたものだった。その原点がおばあさんとのこういう体験だった、と。

 

 娘を抱きしめるわけにはいかないが、「それでも我が娘」と、もう少し頑張ってみようと思いました。

 

手足を失った子どもたちの未来を考えたことがあるのだろうか。

 『紛争地の看護師』という本を読みました。「国境なき医師団」に所属する看護師さんの、紛争地のまっただ中での活動の記録です。何も悪いことをしていないふつうの人たち、子どもたちが、武器という暴力で、どうしてこんなにも傷つかねばならないのか、辛い、やりきれない思いで読みました。

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 ある夜、血だらけになった子どもたち8人が運ばれてきます。筒状のおもしろい形をしたもので遊んでいたところ、突然爆発し、子どもたちの手足を吹き飛ばしたといいます。筒状のものは時限爆弾でした。

 朝まで子どもたちの手足の切断手術が続きます。片足だけの子、両足の子、手と足の子…

 

「みんなまだ麻酔から覚めずに寝ていた。

 彼らは自分たちの手や足がなくなってしまったことはまだ知らない。このまま起こしたくなかった。」

 

 これから先、彼らは何を思って生きていくのだろう。想像しただけで辛くなります。

 武器を作った大人たちは、手足を失った子どもたちの未来を考えたことがあるのだろうか。

 日本の首相は憲法をなんとしても変え、日本を戦争のできる国にしたがっている。戦争をすれば必ず犠牲者が出る。犠牲になる人たちがどんな風になるか、想像したことがあるのだろうか。手足を失い、目を失った子どもたちの人生を考えたことがあるだろうか。両親を失った小さな子どもの人生を考えたことがあるだろうか。

 この本には、そのリアルがある。辛くなるほどのリアル。

 

 暴力に満ちたこの世界にあって、私たちに何ができるのだろうと考える。まずできることは「国境なき医師団」に資金援助すること。更には、この日本が戦争を起こさないようにすること。

www.msf.or.jp

 

 

 

 

 

 

映画『ひろしま』

  昨日のETV特集、映画『ひろしま』の上映中止を巡る話、すばらしい番組でした。

www.youtube.com

NHKのホームページ解説に寄れば

 

原爆投下から8年後。広島で空前絶後の映画が製作された。タイトルは「ひろしま」。撮影に参加した人の数は8万8千人。日本映画史上、最大級のスケールを誇る。原爆投下直後の広島で何があったのか?被爆者たちが自ら演じて再現している。この映画は、ベルリン映画祭で入賞。国際的な評価を受けた。しかし今、この映画の存在はほとんど知られていない。いったいなぜか?そこには、時代に翻弄された映画の知られざる事情があった。

 

 アメリカに対する気遣いと、映画を制作した日教組と政府の対立が大きかったようですが、原爆投下からわずか8年後で、政治家たちの原爆に対する後ろ向きの姿勢が情けないというか、人の心をどこかに置き忘れているんだと思いました。

 今もそういう政治家の多い国会で、ぜひこの映画を上映してほしいと思います。特に安倍首相には絶対見てほしいですね。感想文を書いてもらって、ぜひ公表してほしいと思います。被爆した国の首相が何を考えているのか、世界に向けて発信するのです。

 トランプ大統領は「核兵器はなぜいけないんだ」と大統領選の時にいったそうですが、そんな彼にぜひ感想を聞かせてあげてほしいですね。

 

 この映画のデジタル化の費用を出したのはアメリカの制作会社で、アメリカで上映が始まったと番組で紹介がありました。大統領はめちゃくちゃでも、市民はとても良識的なんだと安心しました。

 

 映画「ひろしま」は、2019年8月17日(土)午前0時~(16日深夜)[Eテレ]で放送予定です。

母、92歳

 母、92歳。60過ぎてから始めたという書と絵をたくさん持っていて、放っておくと処分されてしまうので、こんな人がいた、という軌跡を残すために、小さな冊子を作ろうかなと思っています。

 

ずっとささやかな「福」を求めた人生だったのだろうと思います。

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これはちょっとうなってしまいました。

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ちょっと気弱になったのかも。

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うまい!

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 私への思いを描いたようで、ちょっとじんときました。

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原画がないのが残念

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いい字です。

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こういう人生だったのかも、と思ったり

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ふろふきの食べ方。

 長田弘さんの詩集『食卓一期一会』に入っている「ふろふきの食べ方」という詩が好きで、この詩を朗読するワークショップを、昔あちこちでやりました。

 一番最初にやったのは町田養護学校の教員向けのワークショップ。教員達にもっと自由になって欲しいと思い、詩の朗読ワークショップを企画しました。今ぷかぷかのアートディレクターをやっている金子さんとは、この時のワークショップで知り合いました。

 詩を朗読する、というたったそれだけのワークショップですが、なんかふっと自由になれて、ふっといつもと違う世界が見える瞬間がワークショップにはあります。そのことを教員達と共有できたように思います。その経験を元に、あちこちで詩の朗読をするワークショップをやるようになりました。四国で行われた全国ボランティア研究集会でやったときは、ものすごい盛り上がりで、ステージで発表会をするほどでした。

 詩を朗読する、というたったそれだけのことが、人の背中を押し、人を大きく前に押し進めるのです。

 

 言葉を声に出して読む。声を出して、言葉にふれる。声を出すと、言葉の感触が、いつもとちがう。

 詩を、誰かに向かって読む。誰かに向かって読むことは、誰かに向かって自分の思いを届けること。そのとき、言葉がむくむくと生きはじめる。

 言葉が生きはじめる瞬間を、抱きしめるようにからだに記憶しよう。

 立って読む。座って読む。歩きながら読む。何かにもたれかかって読む。寝っ転がって読む。

 あなたは、誰に向かって読む?

 

 

 ふろふきの食べ方

                          長田弘

 自分の手で、自分の

 一日をつかむ。

 新鮮な一日をつかむんだ。

 スが入っていない一日だ。

 手に持ってゆったりと重い

 いい大根のような一日がいい。

 

 それから、確かな包丁で

 一日をざっくりと厚く切るんだ。

 日の皮はくるりと剥いて

 面取りをして、そして一日の

 見えない部分に隠し刃をする。

 火通りをよくしてやるんだ。

 

 そうして深い鍋に放りこむ。

 底に夢をしいておいて、

 冷たい水をかぶるくらい差して、

 弱火でコトコト煮込んでゆく。

 自分の一日をやわらかに

 静かに熱く煮込んでゆくんだ。

 

 こころ寒い時代だからなあ。

 自分の手で、自分の

 一日をふろふきにして

 熱く香ばしくして食べたいんだ。

 熱い器でゆず味噌で

 ふうふういって。

 

 

 

手に持ってゆったりと重い大根を買ったので、今日はふろふきにしようかなと思っています。自分の一日も一緒に。

 

機会があればこの詩をみんなで読むようなワークショップをやりましょう。声をかけていただければ、出かけていきますよ。

 

 

 

「生き辛さ」を抱えたところでの接点     (寄り添い日記−4)

 娘の外出につきあいました。なんと中山駅前にある美容院を予約したとかで、大急ぎで美容院に向かいました。小田急線、横浜線と乗り継いで40分ちょっとあります。電車の中でいろいろ話をしました。

 昨日紹介した絵は2枚とも退院していった人たちの絵で、仲良くしてくれたお礼に描いたそうです。

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 この人は二人部屋で一緒だった人です。引っ込み思案の娘を引っ張り出してみんなに紹介してくれたりしたそうで、病院生活にスムーズに入れたのもこの方のおかげだとすごい感謝しているようでした。

 最初は閉鎖病棟に入院してたというので、それなりに症状がひどかったのだと思います。徐々に落ち着いて、今の開放病棟に変わり、娘と同じ部屋になったようですが、お互い「生き辛さ」を抱えたところでの接点があったのでしょうか、すごく話が弾んだようです。こういう場所での出会いは、私たちの日常よりもはるかに深い出会いがあるのではないかと思いました。この絵は二人の出会いを物語っているように思います。

 わずか一ヶ月に満たないおつきあいでしたが、それでも相手に対してこんなに思いをこめた絵が描けたこと、それは病院の治療を超えるものだった気がします。うつ病を発症して以来、人に対してほとんど閉じた生活をしていました。ここまで思いを込められる人がいませんでした。

 半ば人生をあきらめるような辛さもある中での入院でした。娘にとっては明るい展望の見える入院ではありませんでした。にもかかわらず、こんな思いもよらない素敵な出会いがあったのです。

 ぎりぎりまで追い込まれた人間同士だからこその出会い。「生き辛さ」をいやというほど経験したからこその出会い。娘にとっては、もういっぺん生き直すきっかけになったくらいの出会いだったのではないかと思います。

 相手の方は感激して携帯の待ち受け画面に使っていると聞きました。

 

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 こちらもよく話をした男性で、さわやかさあふれるいいお兄さんだったようです。娘がどんな風に見ていたか、痛いほど伝わってくる絵です。退院したあと、すごく落ち込んだといってました。ひょっとしたら青春をやっていたのかもと思いました。

 

 ま、いろんな話をしながら美容院へ。入院中で、どうして美容院なの?と思いましたが、いらんことをいうと、またもめそうなので黙ってついていいました。(昔、山から落っこちて大けがをして9ヶ月も入院したときは、理容師の学校の生徒がやってきて、ただでやってくれましたが…)

 待ってるつもりで美容院に一緒に入ったのですが、ものすごい場違いな感じで、すぐに出てきました。で、そこからは母親にバトンタッチ。

 美容院で2時間も使ってしまったので、大慌てで家まで帰り、ばたばたと病院に持っていく荷物をまとめていました。車で駅まで送っていったのですが、降り際、何度も握手してきて、ずいぶんやさしい気持ちになったなという気がしました。