タカサキきんこんかん

タカサキのキンコンカンの日々

調査そのものを本当にやったのか、という疑問も

  昨日、女子美に電話であーだこーだと文句を言ったら、今日、担当者からメールで

「納得できないようであれば、その理由を文書に書いてください」

といってきました。

 あんなずさんきわまる説明で納得したと思っている感覚が信じがたいです。

 

 ハラスメント防止委員会で調査し、

「ハラスメントはなかった、という結論になりました」

「どういう調査をしたのか教えてください」

「規程で教えられません」

「どういう規程ですか。見せてください」

「非公開で見せられません」

 

 結論だけ押しつけ、結論に至る過程は、「規程」により、教えることはできない、と。こんなことで納得できるわけがありません。

 その「規程」は非公開だといいます。非公開なら、その「規程」が本当にあるのかどうかも確認できません。

 あるかどうかもわからないような「規程」を根拠に、一切の説明を拒み、「ハラスメントはなかった」という結論だけを納得しろ、だなんて、こんなの無理です。

 「副学長」「芸術学部長」「総務企画部長」と立派な肩書きを持った人たちがこんなやり方で、自分たちはもう加害者ではありません、などというのです。もうあきれてしまいました。

 

 ひょっとしたら「規程」なんて、本当はないのかもしれないし、仮にあったとしても、調査結果は相手に説明する必要はない、なんて書いてあるのだとしたら、それ自体が大問題です。

 更にそこまでして調査内容を明らかにしないのは、調査そのものを本当にやったのか、という疑問もわいてきます。

 

  

  

 

 

 

 

 

副学長のいう「規定」が本当にあるのかどうか

 

 先日一番えらそうにいろいろものをいっていた人は名刺を見たら「副学長」「芸術学部長」とありました。そういう責任ある立場にいる人間が傷ついた学生に寄り添うこともせず、一方的に

 「調査の結果、ハラスメントはなかった」

 「だから自分たちはもう加者ではない」

 「調査の中身は規定により教えられない」

などといい、この件はこれでおしまい、などということが許されるものなのかどうか。

 

 今日、女子美に電話し、その「規定」なるものが本当にあるのかどうか聞きました。「ハラスメントの防止に関する規定」はホームページ上にあるのですが、その中には

 「調査結果の中身については当事者に伝えない」

などという項目はありません。副学長のいう「規定」が本当にあるのか聞きましたが、電話に出た若い女性はよくわからなくて、あとで担当者に電話させます、ということでした。3時間近く待って何の連絡もないので、また電話しました。男性が出てきて、

 「規定はあるのだが、公開はしていない」

 「じゃあ、本当にあるのかどうかわからないじゃないか」

 「でも公開しないことになっているので…」

 「調査の中身を当事者に伝えないなんておかしいじゃないか」

 「規定でそうなっていますので…」

と全く話になりません。

 

・規定が本当にあるのかどうか

・公開しない、つまり外部の人間にはあるのかどうかの確認すらできない「規定」を根拠に、調査内容を教えない、という論理が通るのかどうか。

・たとえ規定があったにしても、調査結果の中身を当事者に教えない、というのはどう考えてもおかしい。

・ハラスメントはなかった、という結論だけの暴力的押しつけではないのか。

・教員の暴言によって深く傷ついた学生がいても、寄り添うどころか、そんな暴言はなかったと言い張る大学。めちゃくちゃです。

 

 どこかに突破口があると思っています。

 いい作戦があればアドバイス下さい。

 

 

 

 

 

まっとうな大学のすることではありません。

  女子美とハラスメントについて話し合いをやりました。ひどい話し合いでした。

 

●調査委員会で精査した結果、ハラスメントはなかったという結論になった。これは顧

 問弁護士とも相談の結果である。

●被害者がいて、今も苦しんでいることについてはどうするのか。

●ハラスメントはなかったという結論なので、そんなことに答える必要はない。

●精査の内容を見せてほしい。

●そんなのを見せる規定はない。だから見せない。

 

 もうあきれました。精査した内容も教えず、ただ結論だけを言い、これでおしまい、はないだろうと思います。

 ハラスメントの被害者がいて、これだけ声を上げているのに、精査した結果、ハラスメントはなかった、という結論を得たので、これでおしまい、だと。その精査の中身も一切教えないので、被害者はただただ泣き寝入りするしかありません。

 これがまっとうな大学なのかと思いました。

 大学構内にはこんなポスターを堂々と貼っています。

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 にもかかわらず、実際に被害に遭い、声を上げたとたん、ハラスメントはなかった、などと加害者側が一方的に結論づけて終わるものなのだろうか。

 加害者などといういい方もやめていただきたい、とも言いましたね。ハラスメントはなかった、という結論が出たので、もう自分たちは加害者じゃない、といってるのです。加害者が内輪の調査をし、その調査内容も知らせることなく、勝手に自分たちはもう加害者じゃない、と。こんな話が通るのでしょうか。

 人の足を踏んでおいて、痛いじゃないか、と抗議すると、加害者が、調査した結果、踏んでないという結論を得た、だからこの件はなかったのだからすべておしまい。痛い思いをした、そのことについて謝罪しないのか、と聞いても、調査の結果、踏んでないという結論を得たので、もう関係ない、といっているようなものです。

 こんな論理がまかり通るなら、世の中めちゃくちゃになります。

 本当にあきれてしまうくらいひどい大学ですが、抗議は続けたいと思います。

 いいアイデアがあれば教えて下さい。

 

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女子美におけるハラスメント発言について

 娘のハラスメント被害について、女子美のハラスメント委員会とメールのやりとりをしていましたが、一向にらちがあかないので(いくら質問状を送っても、返事がない))、会ってきちんと話をしよう、と提案。

 先週、ぷかぷかで話し合いをしました。でも、来たのは教育現場の責任者ではなく、事務方の人間でした。名刺には総務企画部長と総務グループ長とありました。

「どうして教育現場の責任者芸術学部長が来ないのですか」

芸術学部長の書いた回答に《質問状に対する本学としての回答は以上の通りでございます》とあるが、どこが質問状に対する回答ですか。指さしてください(プリントした回答を見せた)」

「今回のハラスメントの問題が何も解決していないのに、どうして学内にハラスメント防止のポスターを貼りだしているのですか」

などの質問をしたのですが、もごもごとはっきりしないことばかりいい、二言目には「精査してます」。1時間近くやりとりしたのですが、全く話が進まないので、その日はもうやめました。年明けにまた話し合いの場を設けることになったので、責任者の芸術学部長を必ず連れてきてください、といったのですが、「検討します」の返事。

 責任者が来るかどうかは検討することではなく、来て当然だと思うのですが、どうもそのあたりの感覚がずれているようです。

 

 あらためて質問状を書きました。

 

1)教育現場で起こったハラスメント発言についての話し合いに、どうして教育現場の責任者が来ないのですか。教育現場であってはならないハラスメント発言が学生の心を深く傷つけるという深刻な事態を引き起こしました。そのことについての大事な話し合いでした。それに責任者が来ないのはどうしてですか。理由を説明してください。

 

 2)9月に退学届を出す前にハラスメント発言について学校の見解を聞きに行った際、ロッカーに置いていた娘の荷物を持ち帰りました。娘にそれを渡したとたん、娘は怒り狂って荷物をすべてたたきつけました。中に入っていた鏡が粉々に割れました。これが娘の今の心境です。ハラスメント発言で受けた心の傷が今も娘を苦しめているのです。

 「本当は勉強を続けたかったのに…」と涙を流すこともあります。

 そんな中で、もうこれ以上休学をしても、快復できない、と娘は学校に行くことをあきらめ、退学届を書きました。どれだけ悔しい思いで書いたかわかりますか?どれだけ悲しい思いだったか、想像できますか?

 娘に、それだけ深い心の傷を負わせてしまったことについて大学はどのように責任をとりますか?どのように償いますか?

 

3)鬱という病気を抱えながらも、なんとか前を向いていこうとした娘に教授はあろうことか「休んでばかりいるならやめた方がいい」「病気で治療中なら、大学教育の対象者ではない」などと信じがたいことをいいました。教育現場では絶対にあってはならない発言です。まして病気を抱えた人間にいうことばではありません。

 どうしてこんなひどい発言が教育現場であったのか、説明してください。

 人権感覚のかけらもないような人間を、どうして学生の前に立たせたのか、大学としてその責任はどうするのか、説明してください。

 あのひどい発言で、娘は今も立ち直れないでいます。これから先の人生の展望が開けないような状態です。ひどい発言が負わせた被害者の心の傷にどう責任をとりますか?

 

★文書で回答を下さい。その回答をたたき台に次回の話し合いをしたいと思います。

★次回の話し合いは1月中に設定してください。話し合いのたたき台になるように、回答は話し合いの前に送ってください。学部長からいただいた回答には「真摯な対応をする」と書いてありましたので、その通りにしてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大学はハラスメントの加害者であることに自覚がないのでしょうか?

 大学の教師によるハラスメントでひどく傷つき、その傷に今も苦しんでいる娘に、何ら責任をとろうとしてこなかった大学に先日質問状を書きました。

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その回答が昨日来ました。

 

高崎 明様

平成30年10月11日

女子美術大学 芸術学部長 橋本 弘安

拝啓 先日は、遠路本学までご足労いただきまして、ありがとうございました。

先ずは、頂戴いたしました質問状(平成 30 年 10 月 4 日付)につきまして、 回答させていただきます。

本学では、「ハラスメントの防止に関する規程」を設け、在籍する全学生、教 職員の基本的人権の保障、個人の尊厳の確保、男女平等の実現を図り、健全な環 境のもとで教育、研究、学習及び労働に専念できるよう努めており、教職員のハ ラスメントに対する意識向上を目的とした研修会や、メンタルケアに関する勉 強会等を実施し、ハラスメントのない大学づくりを徹底しております。

そして、これが徹底されないという事態が生じた場合には、大学として真摯に 対応するよう努めております。

高崎様からは、これまで、お嬢様のお気持ちに配慮されてハラスメント被害と しての訴えをされないと承っておりますが、大学として、本件に関する問題点に つき、精査する所存です。この精査にあたり、高崎様、お嬢様のお気持ちを尊重 した対応を取りたいと考えております。

なお、「償い」につきましての言及もありましたが、大学としては、お父様の ご意見のとおり単に授業料返還等金銭の問題ではないと理解しております。

また、桃様につきまして、お伝えすべきこととしましては、繰り返しになりま すが、大学として精査のうえ、報告をしたいと考えております。

最後に、高崎様からは、大学の回答をインターネットで公開するとのお考えが 示されておりますが、大学としては、桃様の心情を最も重要と考え、インターネ ットによる公開は、適切ではないと考えております。

頂戴いたしました質問状に対する本学としての回答は以上の通りでございま す。またこの機会を通して、本学教職員に対し、あらためて学生対応における心 配りの大切さについて指導してまいる所存でございます。

末筆ではありますが、桃様のご快復を心よりお祈り申し上げます。

 敬具

 

 

 

 あきれた内容でしたので、また質問状を書きました。

 

質問状2

 1)今回、大学はハラスメントの加害者です。にもかかわらず、被害者への回答の文書に中に、ハラスメントの被害者に対する謝罪の言葉がひとこともないのはどうしてですか?大学はハラスメントの加害者であることの自覚がないのでしょうか?大学の見解をお聞かせください。

 

2)いただいた文中に【本学では「ハラスメント防止に関する規定」を設け…ハラスメントのない大学づくりを徹底しております。】とありますが、にもかかわらずハラスメントは起こりました。しかも教授という知識も経験も豊富な人間がハラスメントをやりました。どうしてこんなことが起こったのか大学の見解をお聞かせください。こんな教授を雇い、学生の前に立たせた大学の責任についてはどうでしょうか。大学の見解をお聞かせください。

 

3)【お父様の ご意見のとおり単に授業料返還等金銭の問題ではないと理解しております。】とありますが、 こちらは授業を受けるつもりで高い授業料を払いました。娘はうつを患い、苦しい中で尚も何とかがんばって学校へ行こうとしていました。その思いを、あろうことか心ない教授の言葉でへし折られ、学校へ行けなくなったのです。授業料は返還して当然です。それだけでなく、娘をひどく傷つけ、今なおその傷に苦しんでいる娘に誠意ある償いをするのは当然のことと考えます。前回の質問に書いた「授業料を返せばすむ、といったレベルの話ではありません」というのはそういう意味です。

 月並みな謝罪の言葉ではなく、傷ついた娘の心にしっかり届く言葉を考えるべきです。娘の心に届く言葉と誠意ある償い、大学としてどうするのか、見解をお聞かせください。

 

4)【高崎様からは、これまで、お嬢様のお気持ちに配慮されてハラスメント被害と しての訴えをされないと承っております 】とありますが、ハラスメント調査委員会に訴えを出さなかっただけで、ハラスメントがあったことは事実であり、そのために娘が学校へ行けなくなったことも事実です。その事実を知りながら、被害者へ謝罪の言葉一つ届けなかったのはどうしてですか?

 【これが徹底されないという事態が生じた場合には、大学として真摯に 対応するよう努めております。】と、ありますが、今回のハラスメントがあってから2年以上たちますが、大学から被害者への謝罪は全くありませんでした。文書にあった【真摯な対応】はウソですか?

 なぜ娘に対してハラスメントという犯罪を犯しながら、謝罪もしないのか、大学としての見解をお聞かせください。

 

5)【精査のうえ】とありますが、今から2年以上も前のハラスメントを調べるのでしょうか?ハラスメントが起きたとき、精査はしなかったのでしょうか?ハラスメントによって傷ついた生徒が学校に来られなくなる、というのは大変な事態だと思いますが、そういう認識はなかったのでしょうか?大学としての見解をお聞かせください。

 

 

★前回出した質問も今回の質問も、今回のハラスメントに関し、被害者がどう思っているか、何を求めているのか、をわかりやすく具体的にまとめたものです。質問の一つ一つに丁寧に答えることが、【大学として真摯に対応する】ことだと思います。前回は三つ、今回は五つの質問を出しています。その一つ一つにきちんと答えてください。誠意ある回答を期待しています。

 

 

 

 

無責任な大学への質問状

 うつのため、なかなか大学に行けなかった娘が、それでもがんばって学校に行こうと前に踏み出したその矢先に担当教授から

「休んでばかりいるなら、もう学校をやめた方がいい」

などとひどいことを言われ、以来学校に行けなくなりました。

 ちょっとひどすぎるのじゃないかと大学に抗議。大学にはハラスメント相談窓口があるのですが、ハラスメント調査委員会にかけるには、被害者の申し出が必要で、聞き取りをしなければならないとか、とにかく動けない娘には負担が大きすぎると思い、調査委員会への申請はやめました。申請をやめたことでハラスメントはなかったことにされたのかどうか、その後、学校からは何の連絡もありませんでした。

 大学の休学も4年になり、これ以上休学しても

「復学は無理」

と本人がいい、退学の話をしに行きました。学校の廊下にハラスメントのポスターが貼ってありました。

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 「なんだ、これ」って思いました。ここに書いてあることをまさに学校は娘にやったのです。問題が何も解決してないのにこんなポスターを貼り出す神経がわかりません。

 退学届を出す前に、この問題のけりをつけようと、教務の責任者と話をしました。申し訳ありません、というばかりで、一向にらちがあかないので、問題を明確にするために質問状を出し、文書による回答を要求しました。

 

 

1)廊下に貼ってあったハラスメントに関するポスターには驚きました。

 ポスターの中程、色の変わった部分。

 「ハラスメントという行為は、力関係の上位にある者が……」を、そのまま娘に対してやったのですよ。そのために娘は今も苦しんでいます

 それに対して何の責任も取らないままこんなポスターを貼ることはあまりにも無責任であり、学生達を欺いていることになりませんか?大学が学生を欺くなんて、ひどすぎませんか?知性の集合体である大学がこんなことやって恥ずかしくないのですか?

 大学としての見解を書いて下さい。

 

2)教授による常識外れの言動で深く傷つくことがなければ、娘はひょっとしたら何とかがんばって学校に行って勉強ができたかも知れません。事実、行くつもりで授業料も納めていました。学校へ行けていれば、全く違う人生があったはずです。創作に励む若い生き生きとした人生です。それを教授の心ないひとことですべて失いました。

 うつ病を抱えて苦しい中、何とかがんばっていこうと出かけた矢先に、あろう事か教授によってその思いをへし折られたのです。そのために一番いいときの人生を失ったのです。

その償いをどうやってしますか?授業料を返せばすむ、といったレベルの話ではありません。失った若い人生への償いです。

 

3)先日母親が、今もあの時の教授の常識外れのひどい言葉が頭の中でフラッシュバックしてとても辛い思いをしている、と涙ながらに語っていました(娘と一緒に面談に出かけた際、面談の席で教授からひどい言葉を浴びました)。当事者の娘は自分に向けられた言葉だったので、もっとひどく傷つき、今も母親以上に辛い思いをしています。

 ハラスメントの被害者は、受けた傷をずっと背負ったまま生きているのです。傷は時々爆発を引き起こし、家の中が修羅場になります。心が寛ぐはずの家の中が修羅場になるのです。想像できますか?

 いつになったらその傷が癒えるのか、全く先が見えません。母親は心労のあまり、鬱状態になり、一時仕事に行けなくなりました。

 教授の非常識な言葉によるハラスメントの被害は、当事者だけでなく、このように家族にまで広がるのです。

 こういった事態を引き起こしたことに対し、大学はどのように責任をとりますか?どのように償いますか?

 今も苦しむ娘にどのような言葉を届けますか?

娘が退院      (よりそい日記−5)

 うつ病の状態がひどくなり、精神科の病院に入院した娘が退院しました。ちょうど2ヶ月です。

 病院を出るとき、年配の女性が娘の手をとって

「ももちゃん、ありがとうね、ありがとうね、元気でね、元気でね」

と何度も何度もいい、涙まで流していました。

 ああ、そういうおつきあいが病院にはあったんだと思いました。

 生きづらさを抱えながらも、孤立無援でやってきた人たちが、ようやくここに来て、その生きづらさを共有できる人たちに出会えたのだろうと思います。生きづらさを抱えた人たちだからこそ、お互いわかり合える喜び。

 病棟のエレベーターの前には5,6人の人たちが見送りに来ていました。帰りの車の中で娘は大粒の涙を流していました。

 

 2週間前、2泊3日で帰宅したときは、初日は今までにないくらい調子がよかったのですが、2日目、町田の人混みの中で買い物をして疲れ切ってしまい、調子を崩しました。家に帰ってからがずっと攻撃的な言動が続き、こんな状態で退院して大丈夫だろうかと不安になり、病院に電話しました。

 二日後に主治医、看護師、本人、両親の面談の場を設けてくれました。

 本人は泣きながら家での様子を話したようでした。両親に対して申し訳ないことをした、と。

 主治医が説明してくれました。

 本人は情報の処理がうまくできない、そのことを自分でうまく表現できない、言葉化がうまくできない、光、音、接触について、人よりもものすごく敏感、そういったことが積み重なって、いちばん甘えたい両親に向かって攻撃的な態度になってしまう、本人は病院に帰ってくると、そのことを客観的に見ることができるようになり、泣きながら反省している…

 鬱状態は確かにあるが、今話したような本人の生きづらさに丁寧に向き合うことが大切、といわれました。

 娘はそういう生きづらさをずっと抱えて生きてきたんだと、初めて気がつきました。娘に対し、気づいてあげられなくて、本当に申し訳なかったと思いました。

 昨年11月にうつ病に対して的確な診断をしてくれるという大学病院に1週間検査入院しました。そのときの検査結果を見て、娘はすごく納得することがあった、といっていたのですが、そのことの意味が私にはよくわかりませんでした。娘にしてみれば、ずっと抱えてきた生きづらさの原因がようやくわかった、ということだったのだと思います。ただいろいろ問題を掘り起こしながら、ではこの先どうしたらいいのか、というところでは、服薬の調整とデイケアサービスなどの利用、といったことぐらいしか書いてありませんでした。本人がいちばん困っていることに対して、大学病院たるものがこの程度のことしか書かないのか、とガッカリしました。重度の鬱状態は一生続く、といった希望を断ち切るようなことも書いてあって、その感覚を疑いしました。

 それに比べて、今回入院した病院は、本気で娘の困っていることに向き合い、どうしたらいいかの提案を具体的にしてくれました。

 その提案を丁寧に説明したプリントも渡されました。本人はこの2ヶ月、すごくがんばった。そのがんばりを認め、長い目で見守って欲しい。困ったことがあればすぐに病院に相談して欲しい。といったことが書いてありました。

 退院後の日々を見守ってくれる訪問看護ステーションも紹介してくれました。精神科の看護に習熟した看護師さんが時々家を訪問し、本人の様子、薬のチェック、困ったことはないか、などを主治医の指示書を元にやってくれるそうです。

 退院後、どういう毎日を送るか、本人にスケジュールを書かせていました。やりたいことの半分だけ書きましょう、やりたいことを全部書いてしまうと、自分をつぶしてしまいます、ということで書いたそうです。午前ひとつ、午後ひとつ、といったゆるいスケジュールです。みどりスポーツセンター、庭の手入れ、掃除、洗濯などが書かれ、その中に「父親の手伝い」というのがありました。どういうことか聞いてみたら、ぷかぷかに行って手伝いをする、というのです。

 これはうれしかったですね。ぷかぷかのこと、忘れずにいたんだ、って。以前から、ぷかぷかに来たら、ということは言っていたのですが、私が言うとかえって反発してだめでした。それを今回自分から「父親の手伝い」という表現で、自分の思いを表明してくれたのです。

 主治医も看護師さんも、自分から書くのを待ちましょう、とずっと前から言ってくれてました。

 

 社会に復帰するには、まだまだ時間がかかりそうです。気長によりそっていこうと思っています。

 そうそう、退院の日の午前中、娘がリクエストした映画をみんなで見たそうです。(ここの病院は、そういう時間があるようです) 映画のタイトルは『夜は短し歩けよ乙女』。森見登美彦の初期ベストセラー作品を映画化したもののようですが、さっそく本を注文しました。娘に追いつくために。