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タカサキきんこんかん

タカサキのキンコンカンの日々

今日は68才の誕生日

  今日は68才の誕生日。といって何かがあるわけではないのですが、今日、楽しみにしていたプロモーションビデオ第2弾の試写会がありました(今日のぷかぷか日記を見てください)。すごくうれしかったですね。ぷかぷかのメッセージが、第1弾よりもくっきりと見えます。

 ぷかぷかが7年かけて創り上げてきたもののエッセンスが凝縮された映像になっています。今月末、公開の予定です。6月17日にはみどりアートパークホールで上映会をやります。

 60才で始めた事業がこんなふうに映像になったこと、そのことが素直にうれしいです。ひょっとしたらpvプロボノの信田さんは今日の誕生日にあわせて試写会をやってくれたのかなと思います。

 毎朝、マンションの階段を10階まで上り、タイムトライアルをやっています。1階18段あるので、10階まで180段。それを一気に登ります。早いときは1分36秒、遅いときでも1分45秒です。けっこう速いペースで登ります。ですから全く健康のつもりだったのですが、人間ドックでちょっとヤバい病気が見つかってしまい、ちょっと困ったなと思っています。

 25才で会社やめてマッキンリーに登ったあたりから、人生おもしろくなった気がします。今日は何食べようか、ではなく、今日、どうやって食べようか、と深刻に考える日々は緊張感に満ちていて、目をぎらぎらさせながら生きていましたね。お金はなかったけれど、必死になって未来を探していて、すごく充実していた気がしています。

 30才で教員採用試験に受かったとたん、初冬の富士山で600メートルも滑落するという事故を起こし、採用試験の結果は全部パー。それでも次の年、まだ入院中でしたが、松葉杖ついて試験を受けに行き、奇跡的にまた合格。小学校の採用試験で受かったのですが、2次試験の面接では「養護学校はいや」「養護学校でもいい」「養護学校がいい」の三つの選択を聞かれ、よくわからないので、というか、養護学校は全くいやというわけではなく、かといってどうしても養護学校がいいというわけでもなく、ま、どっちでもいいかと思って「養護学校でもいい」と応えたら、すぐに養護学校の校長から電話がかかってきました。

 今から思えば、「養護学校でもいい」なんて選択は養護学校、そこに通う子ども達にはずいぶん失礼な選択ではあったのですが、それでも結果的にはそこで、人生がひっくり返ってしまうほどの子ども達とのすばらしい出会いがあって、今に至っています。

 今日もプロモーションビデオ第2弾を作った信田さんに、どうして障がいのある人たちといっしょに生きていった方がいい、と考えるようになったのか、何度も聞かれたのですが、それはもう「彼らと出会ってしまった」からとしかいいようがないのです。これはもう理屈ではないのです。惚れたのですから。

 どうして出会ってしまったのか。養護学校の教員になった当初、障害児教育というものを全く勉強してなくて、本当に「素手」で彼らと向き合うことになったことが大きかったとは思います。それでもそういう勉強していない人がみんな彼らといい出会いをするかというと、決してそうではありません。それを考えると、やはり彼らと「波長が合った」のだと思います。気が合うというか…、だから出会った。

 今日もプロモーションビデオ第2弾に、私がセノーさんとのやりとりをiphoneで撮った映像が入っていました。信田さんはセノーさんの言葉に対して、私の返し方がすごくいい、と絶賛していました。わたしは毎日のやりとりをそのまま撮っただけで、絶賛されたりすると、なんか恥ずかしい気もします。ここんとこなんかも、セノーさんと波長が合ってるだけなんです。セノーさんとどうでもいいやりとりをしているときがいちばん楽しいです。 

 そんなセノーさんとだらだら道を歩いているところを近所の人が見つけ、「しばらく胸がどきどきしていた」なんてメールをくれたこともあります。

pukapuka-pan.hatenablog.com

 ま、とにかく、彼らと出会い、彼らに惚れ込んだところからはじまった「ぷかぷか」がますますおもしろくなってきたところへ、病気が見つかってしまったので、ちょっとショックではあったのですが、ま、人生そんなもんかと思ったりしています。だから人生は楽しい。

 68才にして、あらためて人生楽しく生きるにはどうしたらいいか、と問われた気がしています。深刻になっても、どうなるものでもないので、これからもめいっぱい楽しくやることにしました。