暴走する政治に、なんとかストップをかけないと
今朝の朝日新聞のトップページの社説は、安倍政治を痛烈に批判していて、痛快でした。問題は《痛快》などと言ってられない、今の政治状況があります。
《安倍政権に欠けているのは、歴代内閣が営々と積み重ねてきた施政に対する謙虚さであり、さらに言えば、憲法そのものへの敬意ではないか。「憲法改正を国民に1回味わってもらう」という「お試し改憲」論に、憲法を粗略に扱う体質が極まっている。
国民主権、人権尊重、平和主義という現憲法の基本原理が役割を果たしたからこそ、日本は平和と繁栄を達成できた。ともかくも自由な社会を築いてきた。その歴史に対する自負を失うべきではない。》
今日のニュースでは安倍は2020年にはこの憲法改正を実現すると言います。冗談ではないです。こんな男に憲法改正を任せたのでは、私たちの暮らしはめちゃくちゃになります。
秘密保護法、安保法制、共謀罪、憲法改正、と世の中どんどんひどくなっていきます。そんな中にあって私たちに何ができるのか。暴走する政治に、なんとかストップをかけないと、本当に大変な世の中になってしまいそうです。
政府は北朝鮮の緊迫した状況に乗じて米軍の艦船を護衛すると海上自衛隊の艦船を出したりして安保法制の実績作りをしています。北朝鮮をあおるだけです。進んで北朝鮮の敵になろうとしています。外交努力もせずに、戦争をする方向へどんどん進んでいます。
怖いです。本当に怖いです。
ああ、また生きていける!
昨日は本当にホッとして、久しぶりにゆっくり眠りました。ブログでいろいろ書きながらも、やっぱり不安で、人間ドックの結果が出て以来、この十日ばかりはゆっくり眠ることができませんでした。
今朝は、おひさまの光がキラキラまぶしくて、ただそれだけのことがなんだかすごくうれしくて、晴れ晴れとしたいい朝でした。
昔胃がんの手術をしたことがありました。退院の日、帰りの電車の窓から、あちこちの家のベランダに白い洗濯物が干してあるのが見えて、それを見た時、「ああ、帰ってきたんだ」って、もう涙が出るくらいうれしかったことをいまだに覚えています。
あの時と同じうれしさを、今朝、おひさまの光を見ながら感じました。「ああ、また生きていける!」って。
胃がんが見つかったときは、長男がかみさんのお腹にいました。ですから、本当にきつい宣告でした。医者は慎重に言葉を選びながら話をしてくれましたが、そばで一緒に聞いていたかみさんは私の何倍もきつかったと思います。お腹をさわりながら、この子はお父さんに会えないかも、って思った、とあとで話してくれました。
あの時に比べれば、今回は、まだまだ楽でした。それでも、あの時とはちがうものをたくさん背負い込んでいたので、やっぱりきつかったですね。
明日も生きていける、ということがどんなに幸せなことか、あらためて思い知らされました。
ぷかぷかでは毎日帰りの会で「いい一日でしたか?」って聞いています。いい一日を過ごす、いい一日を作る、それが生きていくことのいちばんのリアルだと思うからです。
これ、まじめに考えているのでしょうか?
朝日新聞声の欄にこんな投書がありました。
北朝鮮情勢が緊張する中、「内閣官房国民保護ポータルサイト」にこんなことが書いてあります。
「武力攻撃やテロから身を守るために」と題し核爆発時の留意点として
「せん光や火球が発生した場合には、失明する恐れがあるので、見ないでください」とあります。
ヒロシマ、長崎でぴかっと光った瞬間に灰になった方がいます。大やけどを負った方が無数にいます。現代の核爆弾はヒロシマ、長崎の何倍あるのでしょう。その核爆発に対し「失明する恐れがあるので、見ないでください」って、これ、まじめに考えているのでしょうか?
投書された方は82才。こんなふうに書いています。
「この現実離れしたばからしさ。遠い記憶がよみがえる。終戦間近、本土決戦に備えて皇国の少女に課せられた抵抗手段は《竹槍》だった…政府は昔から同じことを言っている」
こんないい加減な危機管理の一方で、米軍の護衛だと言って海上自衛隊を出しています。北朝鮮をあおるような行為です。外交努力をせず、こんなことばかりやって、本当にヤバい気がします。
まだ100%安心というわけではありませんが
昭和大学藤が丘病院の呼吸器専門外来に行ってきました。人間ドックでは肺がんの可能性のある腫瘍マーカーの値がかなり高かったのですが、今回あらためて検査した腫瘍マーカーは扁平上皮ガンと腺がんの2種類を検査したのですが、いずれも正常値。ただレントゲンもCTも両方とも影が映っていて、これが単なる炎症なのかガンなのかは今の段階では判断できないので、一ヶ月後にもう一度レントゲンを撮り、もし大きくなっているようだったらCTを撮り、更に内視鏡で病変部を切り取って検査しましょう、ということでした。
6ページにもわたる内視鏡による検査の説明書を渡され、説明を受けました。二泊三日の入院が必要で、出血や気胸(肺に穴が開く)肺炎など、いろいろリスクがあるので、今の段階ではやらなくていいでしょうということでした。話を聞いただけで怖くなるような検査でした。
医者の見立てでは、ひと月ほど前、風邪を引いて咳がなかなか止まらないと言っていたので、ちょうどその頃人間ドックを受けていて、肺に炎症起こし、腫瘍マーカーが反応したのだろうという話でした。
一ヶ月後に再検査とはいえ、ちょっとホッとしました。
人間ドックの検査結果が出てからいろいろ考えることがありました。残された時間について考えることは、人生をあらためて考える機会になり、いい勉強をさせていただいたと思っています。まだ100%安心というわけではありませんが、それでも気分的にはものすごく楽になりました。今日は久しぶりにゆっくり眠れそうです。
今日は68才の誕生日
今日は68才の誕生日。といって何かがあるわけではないのですが、今日、楽しみにしていたプロモーションビデオ第2弾の試写会がありました(今日のぷかぷか日記を見てください)。すごくうれしかったですね。ぷかぷかのメッセージが、第1弾よりもくっきりと見えます。
ぷかぷかが7年かけて創り上げてきたもののエッセンスが凝縮された映像になっています。今月末、公開の予定です。6月17日にはみどりアートパークホールで上映会をやります。
60才で始めた事業がこんなふうに映像になったこと、そのことが素直にうれしいです。ひょっとしたらpvプロボノの信田さんは今日の誕生日にあわせて試写会をやってくれたのかなと思います。
毎朝、マンションの階段を10階まで上り、タイムトライアルをやっています。1階18段あるので、10階まで180段。それを一気に登ります。早いときは1分36秒、遅いときでも1分45秒です。けっこう速いペースで登ります。ですから全く健康のつもりだったのですが、人間ドックでちょっとヤバい病気が見つかってしまい、ちょっと困ったなと思っています。
25才で会社やめてマッキンリーに登ったあたりから、人生おもしろくなった気がします。今日は何食べようか、ではなく、今日、どうやって食べようか、と深刻に考える日々は緊張感に満ちていて、目をぎらぎらさせながら生きていましたね。お金はなかったけれど、必死になって未来を探していて、すごく充実していた気がしています。
30才で教員採用試験に受かったとたん、初冬の富士山で600メートルも滑落するという事故を起こし、採用試験の結果は全部パー。それでも次の年、まだ入院中でしたが、松葉杖ついて試験を受けに行き、奇跡的にまた合格。小学校の採用試験で受かったのですが、2次試験の面接では「養護学校はいや」「養護学校でもいい」「養護学校がいい」の三つの選択を聞かれ、よくわからないので、というか、養護学校は全くいやというわけではなく、かといってどうしても養護学校がいいというわけでもなく、ま、どっちでもいいかと思って「養護学校でもいい」と応えたら、すぐに養護学校の校長から電話がかかってきました。
今から思えば、「養護学校でもいい」なんて選択は養護学校、そこに通う子ども達にはずいぶん失礼な選択ではあったのですが、それでも結果的にはそこで、人生がひっくり返ってしまうほどの子ども達とのすばらしい出会いがあって、今に至っています。
今日もプロモーションビデオ第2弾を作った信田さんに、どうして障がいのある人たちといっしょに生きていった方がいい、と考えるようになったのか、何度も聞かれたのですが、それはもう「彼らと出会ってしまった」からとしかいいようがないのです。これはもう理屈ではないのです。惚れたのですから。
どうして出会ってしまったのか。養護学校の教員になった当初、障害児教育というものを全く勉強してなくて、本当に「素手」で彼らと向き合うことになったことが大きかったとは思います。それでもそういう勉強していない人がみんな彼らといい出会いをするかというと、決してそうではありません。それを考えると、やはり彼らと「波長が合った」のだと思います。気が合うというか…、だから出会った。
今日もプロモーションビデオ第2弾に、私がセノーさんとのやりとりをiphoneで撮った映像が入っていました。信田さんはセノーさんの言葉に対して、私の返し方がすごくいい、と絶賛していました。わたしは毎日のやりとりをそのまま撮っただけで、絶賛されたりすると、なんか恥ずかしい気もします。ここんとこなんかも、セノーさんと波長が合ってるだけなんです。セノーさんとどうでもいいやりとりをしているときがいちばん楽しいです。
そんなセノーさんとだらだら道を歩いているところを近所の人が見つけ、「しばらく胸がどきどきしていた」なんてメールをくれたこともあります。
ま、とにかく、彼らと出会い、彼らに惚れ込んだところからはじまった「ぷかぷか」がますますおもしろくなってきたところへ、病気が見つかってしまったので、ちょっとショックではあったのですが、ま、人生そんなもんかと思ったりしています。だから人生は楽しい。
68才にして、あらためて人生楽しく生きるにはどうしたらいいか、と問われた気がしています。深刻になっても、どうなるものでもないので、これからもめいっぱい楽しくやることにしました。
腫瘍マーカー
人間ドッグの腫瘍マーカー「シフラ21-1」の値が高く出て、早急に精密検査に行くように、と指示がありました。「シフラ21-1」の値が高いとき、肺がん(上皮扁平ガン)の疑いがあります。
肺がんはいちばん治りにくいガンです。ガンにかかるのは二度目なので、ちょっとヤバいかも、と思ったりしています。
すぐに近くの病院でCTを撮ったところ、右の肺に小さな腫瘍がうつっていたのですが、今のところ悪性がどうかわからないので、3ヶ月後にもう一度検査しましょう、といわれました。3ヶ月たって、もし悪性だったら、治療が遅れることになり、なんだか心配になって、明日昭和大学の藤が丘病院に行くことにしました。
CTの画像をどう判断するかによるのですが、場合によってはいろいろ考えねばならないことがいっぱいあって、頭を抱えています。
まぁでも、何するにしても締め切りがある方が、いろんなことがきちんとまとまります。
そうやって前向きに事態を受け止めて、「よーし、やるぞ!」って気持ちで、明日(正確には今日ですね)結果を聞こうと思います。